このひと月半の間にいろいろなことがありました。

    Twitterというツールが出来てからは、そちらの方にその時その時感じたことを感じたままに書くことが多くなってきました。
    なので、こちらは少し時間が経っていろんなもの(情報)が見えたあとの気持ちを書ける場所なのかな…と思っています。

    つよしさんの突発性という衝撃的な出来事から少し時間が経ちましたが、、
    思うように良くなってはいないという話が彼自身の口から何度か聞かれました。
    その言葉を口にするまで、彼がどれほどの治療を行ってきたか、どれほどのものにトライしてきたか、
    それは本人にしかわからない苦痛であり、痛みであり、先の見えないトンネルのようなものだったのでは…
    とは言っても、それも私自身の想像でしかないけれど。

    でも、その先の見えないトンネルを自分で明かりを灯し前に前に進もうとする姿勢。
    そして、いつか出口に辿り着こうとする彼の脳みそ。

    つよしさんが私たちには到底想像出来ない経験や挑戦や立ち向かっているその時間の中で
    自分の体とうまく付き合いながら辿り着こうとしている道を尊重しつつ
    その時その時のあるがままの堂本剛という人をしっかり受け止めていきたいなと思います。


    今回のことに関しては、いろいろな意見がTwitterで見られます。
    今回のことに限らずTwitterではさまざまな意見があります。
    自分と違う考えに敢えて苦言を呈する人、かなり偏ったものでも拡散する人、
    何かしらずっと怒りをぶつけている人、スルーが出来ずに自爆し続ける人、
    正直私も見ていて自分と全く考えの違うものや、不快に思うものや、
    こんなもの拡散してくるなーなものもあります(苦笑)
    皆が皆同じ考えだったらこんなことにはならないけど、それは不可能なこと。

    「人それぞれなんだから、みんな同じなのは不可能なんだから」(by 剛)

    世の中にはいろんなものが溢れている。
    うまく共存していこうと思う人と、自分の中から排除排斥しようとする人。
    人生の選択肢は自分で選ぶものだけど、どちらの世界が広がりがあるか。

    話は逸れますが、私も下の娘の障害がわかったとき
    それはそれはいろんなものを試しました。
    それも何年も何年も。
    自分の人生の時間をすべて使った時期と言っても過言ではないかもしれません。
    ある意味、いつか良くなるかもという希望に雁字搦めになっていた時期と言ってもいいかも(笑)
    それか、何か為になることをやらなきゃいけないという強迫観念にかられていたのかも…
    回りが見えなさすぎていろいろと無理をしていたと思います。

    ちょうどその頃、金田一少年との出会いがあり私には絶対有り得ないと思ってた一目惚れ状態で剛さんを好きになりました。
    今思えば、全てがタイミングだったのかもしれないですね。
    彼の「頑張らなくてもいいよ」という言葉がストンと落ちてきました。
    その時の気持ちを言葉にするのはとても難しく、
    何年も何年も自分で勝手に重荷にしてしまっていたものを、やっと背中から下ろせるようなそんな優しい安堵感がありました。
    それは彼以外の人から言われてもきっと響かなかった言葉。
    だから私には彼からの魔法の言葉でした。
    で、その後はこんなことに(笑)

    世の中にはどうしようもないこともある。
    勿論、どうにかしたい、どうにかならないかともがく時間も必要だと思う。
    でも、それでもどうしようもなかったとき、
    そこに必要なのは結局は自分自身。
    自分自身の気持ち。
    うちの娘の障害は結局何ら変わることはなかったけれど、
    今ありのままのあの子がいることがとても幸せだと言えます。

    つよしさんにはたくさんの希望と、祈りと、願いと、思いを届けたい。
    そして、多くの人から届いている。
    その先に彼が辿り着く場所には、きっと確固たる堂本剛が存在するはず。

    このひと月ちょっとの間で、こんなにも不安を拭ってくれた人を誇りに思えるし
    とてつもなく好きだと言えます。
    これもひとつの幸せだと思います。


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    さゆりん
    Posted byさゆりん

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